土壁強度試験概要と結果

実施:NPO市民文化財ネットワーク鳥取

1)活動・研究の目的

近年左官技術はその仕事量の減少と共に伝統技術の継承が困難になってきている一方で、鳥取県内に多くある伝統的な民家等の老朽化が進んでおり、今後修復が求められても技能者が確保できない状況が生まれつつある。修復保存が必要な武家屋敷の土壁の修復を通じて、鳥取大地震に耐えた耐震性のある土壁技術を研究し、若い技術者への左官技術の継承を図る。

2)活動・研究の内容

鳥取市内に現存し、解体されつつあったところを間一髪で救われた武家屋敷「旧岡崎邸」(1853年建設)は鳥取市内の約8割の建物が倒壊した鳥取大地震に軽微な損傷で耐えた高い耐震性を有する建物であった。
本活動では「旧岡崎邸」の高い耐震性を支えた伝統的な土壁技術、工法、ディテールを研究し、「旧岡崎邸」の修復を通じて今後の伝統的民家の修復や新たな民家において活用可能な技術・工法として確立する。土壁の修復はワークショップ形式で行ない、県内の左官技術者に伝統的な左官技術の継承を図るとともに市民に公開し、伝統的な左官技術への理解・関心を深めてもらう。

3)活動・研究により期待される成果

  • 鳥取大地震に耐えた高い耐震性の高い土壁技術の記録保存及び県内の他の伝統的な民家等に活用できる土壁工法を確立することができる。
  • 若い左官技能者に伝統的な左官技術の継承が図られる。

4)土壁の耐震上の機能

  • 伝統木造建築技術は、基本的に軸組のみで十分な耐震性を確保しているが、この場合に日常的な風や振動によって建物が揺れ易く、また地震時にも大変形を生じるので、居住性が殺がれるので、土壁を充填することで建物の初期剛性を高めて居住性を確保しようとしている。
  • 従って、土壁に求められていることは、建物の初期剛性を高める点にある。
  • 同時に、この剛性強化に伴う建物の地震時挙動によって軸組の損傷を助長しないことが前提として求められる。
  • 土壁は、壁として建物の内部の室構成の道具でもあり、機能の異なる室を区切るために設けられる。従って、壁を識別し、仕様を変えねばならない。

5)岡崎邸の耐力壁

  • 岡崎邸の耐力壁は、2種類となっている。
    1. 一つは、基礎上の土台から立ち上がる壁であり、建物への水平外力に耐える壁の挙動に対応する。
    2. もう一つは、足固めから上の壁である。
  • 土台と足固めの間の空隙が耐力壁としての効果を減殺する。
  • 軸組への負担がこれでは局所に偏る危険性があるが、これに対しては床面の水平剛性の強化が図られている。床面は胴差で周囲を固めており、床面の剛性を確実にしている。

6)岡崎邸の土壁の土の特性

単純な圧縮実験で得られたひずみ度と応力度の関係を図1に、それぞれの最大圧縮応力度を表2にそれぞれ示す。

graph1
(a) O供試体
graph2
(b) S供試体

図1)ひずみ度応力度関係

表2)最大圧縮応力度(MPa)
供試体最大応力度供試体最大応力度
O-L-10.30S-L-10.34
O-S-10.21S-S-10.40
O-S-20.24S-S-20.30
平均0.25平均0.30
  • これらの図並びに表の示す供試体の内、O-L-1、O-S-1、O-S-2は、岡崎邸に使われていた土に須佐を加えた土の供試体である。Sとされる土は、今回の土壁塗りを施工した左官職人が通常使っている土である。
  • 供試体の記号LとSは、供試体の寸法を指し、L:直径75mm、S:直径46mmである。
  • この6供試体は、何れも紙管に水で打設状態に練った須佐入りの土を入れて作成したものであるが、次のような問題点があった。
    1. 岡崎邸の土壁の土には元来多くの須佐が入っていたのに更に須佐を加えたので、通常の左官土よりも須佐量が多い。
    2. 打設時の圧密が不十分であった。
    3. 脱型が難しく、鋸で切れ目を入れて型枠の紙管を取り除いたが、この際に鋸の歯が供試体に2mm程度食い込んだ。
    4. また、供試体によっては、脱型時に部分的に土が剥ぎ取られた。
  • このために供試体の断面は、実際はもっと小さい、従って、強度特性は多少低めとなっているものと考えられる。
  • 圧縮強度は、基本的に材料密度に大きく依存するので、須佐の量と供試体製作時に十分な圧力を加えなかったことがこれら強度特性に大きく影響したものと考えられる。
  • 強度曲線を見ると岡崎邸の土の方が強度の低下が緩やかであるのは、須佐の影響と考えられる。
  • 岡崎邸の壁厚は、一般の民家の土壁とは厚みが異なる。

岡崎邸の柱寸法は、5寸2分=157mm角であり、土壁の仕上げは、仕上げ塗り上に紙貼り桟木(一般に四分一と呼ばれるが、幅4分=12mm、厚み1分=3mm)納めであり、土壁の荒壁寸法は、約100-120mmである。
一般民家の場合、柱を120mm角とする場合には、土壁荒壁厚は、60-80mm程度となる。従って、土の強度を同じとすると岡崎邸の土壁荒壁の耐力は、一般の土壁荒壁耐力よりも5割以上高くなる。これでは軸組に大きな負担が生まれる危険があるが、岡崎邸ではこれを須佐の量を多くして最大強度を犠牲にして粘りを持たせていたことが読み取れる。

7)岡崎邸の土壁強度特性

  • 岡崎邸の土を使って土壁をつくることによって伝統的な土壁の考え方が良く判った。
  • 須佐を多くすることで粘りのある土として、強度を抑えて大変形に耐える粘りを付加しており、伝統的には軸組と土壁の役割分担を明確に行っていたことが判明した。
  • このような壁土の作業性の良さも特筆に値する。若い須佐は、土に粘りを加えると共に作業性を改善するが、強度は、それが空隙を生むので、低下する。須佐を混入して長く置くと繊維のみが残って他は腐食するので、作業性は更に向上すると思われるが、それには数か月を要するという。

8)NPO市民文化財ネットワーク鳥取の左官に関する広報活動

  • 上記のような岡崎邸の土壁特性を広報するためのホームページを作成した。今回扱い得たのは、土壁だけであったが、土間に使われる三和土や地盤改良に使われる版築の特性についても研究を深め、左官技術の継承に努めたい。